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2010年10月

2010年10月29日 (金)

最後の「九州一周駅伝」

 どんな旅にも終わりは訪れる…それは分かっているつもりだったが、いざ目の前に突きつけられてみると、やっぱり寂しい。

http://www.nishinippon.co.jp/nsp/ekiden/2010/all/kiji/20101029/20101029_0001.shtml

 別に、大会そのものが消滅するって話では無い、ただ、本当の意味での「九州一周」ではなくなる、ということなのだ。
 実際、「九州一周」という名称そのものは残るのだが、現在のような10日間72区間が1本の線で繋がったものではなくなり、独立した駅伝大会が8日連続で行われるようなものになってしまうらしい。
 カットされる主な区間が、「鹿児島県の一部」や「宮崎・大分県境の山岳部」というから、亀割バイパスや宗太郎峠が消え、平地主体のコースになるのであろう。
 主な理由が「選手の負担軽減」とあるが、恐らくは交通事情の悪さ(迂回路・バイパス又は高速道路未整備)も理由の一つなのでは無かろうか。

 悪い話ばかりでも無い…「沖縄ステージ」がもしも新設されるとすれば、これまで毎年のように「超アウェー戦」を強いられてきた沖縄県チームが、ついに「お国入り」を果たすことになる。
 もちろん、これまでも沿道の観衆の多くは、地元チームの応援だけでなく、最後の走者が通過するまで暖かい声援を送り続けてきたであろうが、それでもやはり「地元の声援」の有り難さは、何物にも代えがたいのではないだろうか。

 えっ、山口県?…う~ん、西日本新聞社と交渉してみて下さい。
いっそのこと、関門橋をコースに入れてみるとか?…高速道路だけど。

2010年10月24日 (日)

「中山先生を囲むOFF」

 仕事以外で外出することなど滅多にない、言わば「”準”引き篭もり」状態の私が、会社で初めて「用事が有るから早く帰らせてくれ」というお願いをした日…それがこのオフ会のあった木曜日だった。

 飲み会なのは間違いなかったので自家用車は使えない(ある事情により代行運転も使えない)、バスは便数が少なくタクシーも見つからない、だから久しぶりに走りました…いや本人は走ってるつもりなんですが、多分歩くのと変わらない速度でした。
 「走れメロス」と言いたいところですが、遅刻したのでメロス使えません、まあせいぜい2kmちょいですけどね。
…もしかして本気で走っても腰痛大丈夫なんじゃないか?鍛えなおして来年40歳で青島太平洋復帰できるんじゃないか??

 さて、会場の「居酒屋」に着いたは良いが、中山先生以外の全員を知らない(いや、先生とて選挙の時に見た話した握手しただけだが…)状態で一体どうやって「合流」するんだろ?…と思ったのだが、ほぼ店内「寡占」状態の集団が居て、中心に先生が居たので難なく合流成功である。
 もしやと思って(会社の)名刺を持って来てはいたが、テーブルの上には既に何枚もの名刺が広げられ、「やっぱりこういう場って、名刺交換するものなんだ…」と、ひとつ教訓。
 中山先生と、「ニッポンの支点を考える会」の方と、日南から駆けつけた方と、ある意味「同業」な方、4枚も名刺を頂いてしまった…それは小さな紙片ではあるが、確かにその人と出会った「証」だ、大事にしないといけない(目の前で2つ折りとか論外ですよ)。

 およそ4時間、居酒屋で十数人が酒を飲みながら、ひたすら尖閣問題とか北海道補選の情勢とか防衛とか教育とか皇室とかあれやこれや~って政治的な語らいに終始する情景って、傍から見るとどうなのだろうか…私はというと、とにかく話を聞くのが精一杯で、完全に目を回しまくってた。
 そんな中で、最も印象深かったのは、とある2人が「尖閣問題デモ」で集まった人数が多いの少ないの、って意見をぶつけ合う一幕。
 一連の、余りにも屈辱的な仕打ちと対応に対する抗議のデモに、「たった3200人(主催者発表の数字、警察発表では5800人)しか集まらないのか!?」と憤る若者に、3200人が集まった意義を懇々と説くリーダー格の漢。
 「もっと集まっても良いはず」と思うのは至極もっともな感想だと思う、が、どこぞの政治団体が日当だの弁当だの支給して「動員」するのと、全くの自由意志で、無償で集まってくる一般人(マスゴミはそれを右翼と呼ぶらしい)とを、同列に語ることはできないというのは同感である。
 実際、この夜十数人が居酒屋に集まるだけで、どれほどの苦労が有ったか…私は周りの協力があってどうにか出席できたが、来たくても来れなかった人もまた、少なからず居たことだろう。
 だから、この流れを止めてはならない、次に繋げていかなければならない。

 ちなみに、帰りは家まで約4km歩いたんですがね。
なんでタクシー使わないのかって?…いや、駐車場に停めっぱなしの車の中に置いてた荷物、持って帰らないと次の日困りますもんで♪

2010年10月17日 (日)

「雨降って地固まる」

 本人にしてみれば、それこそ命懸けの逃亡劇だったのであるが…

 およそ36時間、450kmもの逃亡も、終わってみれば「病欠2日」という到底あり得ない決着を見ることに。

 今では、それまでの苦悩がウソだったかのような、幸せな日々を過ごさせてもらっている。
本来であれば、あれやこれや書いて自慢していことばかりなのであるが、それをやってしまうと私だけでなく「私を匿ってくれた方」まで危ういことになりかねない。

 「落ち込むこともあるけれど、私はげn…くぁw背drftgyふじこlp;@:「」

2010年10月11日 (月)

「逃亡者」

 結論を出すべき時まであと12時間…問題を解決できる目処は立たないままである。

 最早、逃げ出すより他に道は無し。
15年前と同じ事を、今また、やろうとしている。
自ら死を選ぶことも、誰かを殺すこともできず、ただ逃げ出すだけ。

 …私の人生って、何だったんだろう。

2010年10月 3日 (日)

知事不出馬とか尖閣問題とか

 ここ1週間あたりで大きな話題と言うと、東国原知事の次期知事選不出馬宣言と、尖閣諸島を巡る一連の問題でしょうか。

 私も警備会社勤めで、入札制度改革の「被害」を受けている一人な訳でして(交通誘導主体の警備会社は、公共工事の影響を大きく受けているので…)、立場上余り東国原知事を持ち上げる訳にも行かなかったりするのですが、県全体にもたらした経済効果は勿論のこと、口蹄疫問題で彼がどれだけ頑張ったかは存じているつもりです。
 知事は渡しません!でも書きましたが、「結果的に宮崎にとってプラスになるのなら」国政転身だろうが東京都知事目指そうが、私は反対はしませんよ?…ただ、後継者選びに失敗して、4年間の成果が水の泡では困るのです。
 これに関しては、9/23日付の宮日を見たので、私はひとまず楽観視しております…彼ならば、県外に出た東国原「元知事」と連携して、宮崎県の未来をより良いものにしてくれると信じていますので。
 やっと「あの人」に、1票を投じる機会が巡ってくる…9年越しの想い、やっと叶うのだろうか。

 尖閣諸島に関して言うならば、もう山ほどブログや掲示板で書かれているので、今更私が書くような事は残っていないんでしょうけど…海上保安庁の皆さんがあそこまで国民の安全の為に頑張ってくれているのに、何で見殺しにするようなマネをするの?って言いたい。
 立場も権限も違い過ぎるが、警備員として生きる身として、同じように誰かの「生命・身体・財産」を守るために働く身として、決して他人事ではないと思っている。
 地方の検察が「外交的判断」を出来るわけが無い、という事くらい誰でも気がついているとは思うのだが、「証拠改ざん」の事件などと絡めて、「検察不信」世論を形成したいのだろうか?とさえ勘ぐってしまう今日この頃…ああ、もしかして、「検察なんて信じられない」→「小沢一郎不起訴けしからん!」→「検察審査会頑張れ~!!」って事なのかな♪

 この日本列島以外に、我々日本国民の安住の地など有ろうはずも無い…もういい加減、「日中記者交換協定」なんてバカげた不平等協定、破棄してくれないかな?
 10/2(土)の2600人デモが全く報道されていない(注:国外のメディアはちゃんと報道している)なんて、日本の「マスゴミ」の皆さん、本当にそれで良いのかい!?