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2014年10月

2014年10月 5日 (日)

この「日本」で生きる=災害と向き合う

 今まさに台風接近中な宮崎です…何とか大きな被害が出ずにやり過ごせる事を願いつつ、その進路を見守っているところです。

 先日の御嶽山噴火にしろ、その前の広島土砂災害にしろ、行政側の不手際ばかりを論っても根本的な解決にはならないと思う。
 行政も立法も、そして何より国民全てが、今一度「安全とは何か?」「自然災害とどのように向き合うか」と云うことについて、しっかりとした考えを持たねば、何度でも悲劇は繰り返されるだろう。

 昔、ある工事現場の「安全訓練」にて、興味深い安全講話を聞かせて頂いた事がある。

 講師曰く、「安全とは『許容可能な危険』が存在する状態」を指すのだとか。
 完全に「危険がゼロ」になる事は、実は有り得ない…道を歩けば交通事故の可能性は少なからず存在するし、例え自分以外に誰も(人も車も)居なくとも、転んで怪我をする可能性はゼロではない。
 毎年、交通事故で何千人もの死者を出し、何十万人もの負傷者を出しながら、「自動車を廃止しろ」とはなりませんよね?
 「何人かの死者」を出した為に「こんにゃくゼリー」が規制されましたが、その何十倍も何百倍も殺してる「餅」を規制するって話にはなりませんよね?
 どの危険を「許容」し、どの危険を「排除」するか…それは我々一人一人が自分で決めなければなりません。

 同じ講話にて、「安全の確保」の方法と言うか、手順のようなものの説明もありました。

1.「計画」の見直し

 例えばある工事にて、「Aの方向から掘ったら危険」な場合、では「Bの方向から掘ったら」その危険が回避できるか、を考える。

2.「技術(手段)」の見直し

 例えば「油圧ショベル(ユンボとかバックホウとか)」で掘ったら地下埋設物を壊すんじゃね?という時に、じゃあ人力で掘ろうか?という具合。

3.注意喚起

 前2つまでで危険が排除しきれない(許容限度を超える危険が残る)場合、予め予想される危険の存在を知らせて注意させる。
 「ここにバナナの皮が落ちてるぞ」と言われて、わざわざ踏んで転ぶ人は、多分居ませんよね?

4.保護具の着用

 前3つ全てやって、どうしても危険度を下げきれない場合、ヘルメットや安全靴、プロテクター等で身を固めて被害を最小限度に抑える。
 工事現場は間違いなく「危険な場所」なので保護具を着用しますが、それ以外でもヘルメット一つで防げる危険、結構有るものです。

 最善を尽くして、それでも防げなかった事故や災害も確かに有ると思う…「助からなかった人」が全員残らず間抜けだとは到底思えないが、「生還した人」には必ずその理由が有るはずなのである、本人がそれを理解しているか否かに関わらず。

 与えられた「安全」に胡座をかくな!「何が何でも生き残る」その信念こそが、己を護る力となろう。

 最後に…「平成二十六年度下半期テーマソング」は、当初の予定通り
「3TO4 戦士のクローバー」に決定しました。
なお、「ゆきかぜのたからもの」については、「二十七年度上半期」にもう一度採用の可否を選考します…どうせ歌うなら冬より夏でしょ?

 さて、私の場合、「19年前の約束」になるんだろうな…答は、未だ分からず。